対象医療と治療方法
唇裂・口蓋裂
当科開設以来患者数は1600人を上回っており、2020年の手術件数は92件で全国9位です(DPCランキング)。出生早期から口蓋裂の患者には口蓋床を作成し、哺乳を容易にさせるとともに、好な顎発育を誘導します。言語指導も適時適指導を心がけています。顎裂への矯正治療は学童期におこないますので、土日に診療している開業医を中心に紹介しています。
日常診療は言語聴覚士や歯科口腔外科医師の方々と協力しておこなっていますが、患者の負担を軽くすべく、一度の診療で全科が順番にみていく体制づくりを進めています。また各科が連携を取りやすいように昨年に診療ハンドブックを作成して患者さんに配布しています。舌小体短縮症や、鼻咽腔閉鎖不全に対する手術もおこなっています。
術後の患者でも2m離れて唇裂とわかる傷跡や、20秒話せば口蓋裂とわかる症例では治療効果が期待できます。
当科における治療の概略は以下のとおりです。
■ 受診時:哺乳指導、歯科への口蓋床作成依頼(口蓋裂のある場合、ただし全員ではありません)
■ 2~3カ月:口唇形成術(体重5~6キロ前後)
■ 1歳2カ月~4カ月:口蓋形成術(体重8~10キロ前後)
■ 入園前or入学前:必要であれば口唇修正
■ 顎裂のある場合年長頃より顎矯正開始し、年長~4年生頃腸骨移植
■ 2歳頃より定期的な言語指導、発達指導
■ 両側唇裂の場合最近はすべて両側一度に手術しています。
■ 鼻の根本的な修正手術は15歳以上で
■ 広島口唇裂口蓋裂研究会というホームページを作成しました。口唇口蓋裂に関しての詳しいことは
こちら
乳房再建術
乳癌手術後の乳房欠損や変形に対して、修復を行う手術です。
2020年は同時再建術が60件、うちインプラント28件、自家組織31件(広背筋皮弁11例、腹部穿通枝皮弁18件、腹直筋皮弁3件)でした。
アラガンショックによる涙型インプラントの販売停止によりインプラントでの再建が減少しましたが、2020年10月よりSientra社のインプラントが保険承認され回復傾向にあります。
乳腺外科と形成外科の連携が当院での乳房再建の特徴の一つといえます。
一般的に、切除の段階からデザインなども含め相談を行えば、再建のことを考慮しない切除が行われている二次再建の場合に比べて良好な結果が得られやすくなります。
近年増加している乳輪乳頭温存の皮下乳腺全摘術(NSM)と組み合わせる乳房再建にも取り組んでいますが、乳腺外科で乳頭部からの乳癌再発の危険性について検討された上で、問題ない症例を選んで行っています。
また、当院乳腺外科考案の術式として乳頭くりぬき・乳輪温存皮下乳腺全摘手術(Areolar Sparing Mastectomy、ASM)にも取り組んでいます。これはNSMとほぼ同等の整容性と、NSMより乳房全摘術に近い根治性との両立を狙った手術です(日経メディカルに紹介されました)。
術式については自己組織を用いた再建術と人工物を用いた再建術の両方を行っていますが、患者さんのご希望を聞き十分な相談の上決定するよう心がけています。インプラントは侵襲が少なく瘢痕も増えないという大きなメリットがある反面、下垂した乳房が作成しにくいことなどのデメリットもあります。
健側が大きく下垂した乳房の患者様では、自己組織では有る程度再現が可能ですが、インプラントでは困難です。そのような症例でインプラントご希望の場合は健側乳房挙上術の併用も行っています。
当科では全国的にも早い段階から自費診療でシリコンインプラントによる乳房再建に取り組んでおり、初回エキスパンダー挿入の件数で数えると2003年よりの累計で500件を超え中四国ではトップクラスの症例数です。
昨年より脂肪吸引・脂肪注入(現時点では保険適応外です)にも取り組んでいます。インプラント術後の皮下組織が薄い部分の解消や、広背筋皮弁に同時施行してボリュームを付加するなどの目的に使用して効果を得ています(単独で全摘術後再建をまかなえるものではありません)。
乳房温存術後といえどもかなりの変形を来している症例もありますが、そのような症例に対しても修復は可能です。
乳癌術後の欠損や変形に悩む方はお気軽にご相談下さい。
乳房形成術
乳癌術後の乳房再建術以外に、乳房縮小術・固定術(下垂した乳房を上にあげる手術です)や、陥没乳頭などにも対応しています。
乳房固定術は乳房再建術の際に併用して健側(乳癌ではない方の乳房)に対して行うこともあります。
陥没乳頭は若年者に対しては可能な限り乳管を温存する様に手術を行っています。
眼瞼の形成手術
美容だけを目的とした重瞼術や除皺術、Buggy eyelid(いわゆる下まぶたのたるみ)などを除いて、基本的に保険適応で行っています。
眼瞼下垂
2020年の手術件数は102件です。
まぶたを挙げる筋肉(挙筋)の働きが弱くなることから視野が狭くなり、おでこや眉毛に力が入ることから肩こりや頭痛の原因となることもあります。多くの場合は筋肉を縮める手術(挙筋腱膜前転)で治療が可能ですが、全て挙筋短縮で治療可能なわけではありません。皮膚の余剰量や挙筋の力の程度に応じて筋膜による吊り上げ術や眉毛下皮膚切除などを使い分けています。治療によって視野が明るくなっただけでなく、見た目が若返った、肩こりが楽になったなどと喜ばれる方もおられます。
生まれついてまぶたの挙がりにくい先天性の眼瞼下垂は、通常の眼瞼下垂と異なり挙筋がほとんど働かないため挙筋短縮では解決しない症例が多いです。先天性眼瞼下垂の手術はほとんどが小児ですが、このような場合は筋膜吊り上げ術を行っています。手術時期は就学期前の5~6才がほとんどですが、小児の先天性の強度な眼瞼下垂や瞼裂狭小症では弱視を防ぐために早期に手術をする場合もあります。
内反症
2020年の手術件数は老人性18例、先天性32例です。
いわゆる逆まつげで、角膜表面に睫毛によってキズが入り視力が下がるような場合もあります。小児期の内反症で、目と目の間の広い(目頭のヒダが強い)症例では内反症手術と同時に内眼角形成(いわゆる目頭切開)を行い、整容的にも再発率でも良好な結果を得ています。
老人性内反症は通常再発しやすいですが、積極的に対応しており再発例はほとんどありません。
若年者の上眼瞼の内反症は眼の細い下垂気味、かつ埋没法では二重が消失して再発するような症例があり、そのような場合は軽い挙筋短縮や内眼角形成を併用することもあります。
外反症
顔面神経麻痺や加齢性の外反症、外傷などによるものなど様々な症例に対応しています。
必要に応じて筋膜移植、軟骨移植、植皮などを組み合わせます。
眼瞼部の悪性腫瘍
→ 悪性腫瘍の項目を参照してください。
義眼床
眼球欠損に対して、義眼床手術を年間5例程度行っております。義眼外来も行っております。
当科の特徴として義眼技師と形成外科医が同時に診察しコミュニケーションを密にすることによって、妥協を許さない完成度の高い義眼床を目指しています。
悪性腫瘍とその再建
2020年は悪性腫瘍関連の手術(乳癌除く)は年間53例でした。
皮膚悪性腫瘍は当科にて切除と再建を行います。そのほかの部位の癌については前述の乳腺外科以外に、耳鼻科・外科とも連携を保ち、再建に携わっています。
植皮・皮弁・遊離皮弁など様々な手技から適切な方法を選んで再建を行います。
耳鼻科頭頚部癌の再建には血管柄付き遊離組織移植術が主体としていますが、皮膚悪性腫瘍の場合には局所皮弁や植皮を適応することが多くなります。
皮膚悪性腫瘍
いわゆる皮膚癌に対しては、当科で切除・再建の両方を行っています。
顔面、特に眼瞼周囲が多いですが、四肢体幹の腫瘍にも対応しています。
可能な限り迅速な対応をするよう心がけています。
悪性腫瘍は過剰な侵襲は勿論避けるべきですが、その一方で閉鎖に自信がないために不十分な切除になったり、早期に閉鎖できずに負担をかけたりすることも避けたいものです。
再建方法の選択肢を多く持つことと、術中においても必要に応じて迅速病理検査を用いて必要十分な切除を心がけることで可能な限り最小の侵襲で効果を出すことを目指します。
眼瞼悪性腫瘍
眼瞼は機能的にも整容的にも重要で、再建にはデリケートな配慮が必要となります。平成2020年の眼瞼悪性腫瘍の手術件数は4件でした。
皮弁形成や軟骨移植を組み合わせて、社会復帰に問題を生じない良好な結果が得られています。
目の開け閉めが出来ることは当然のこと、逆まつげや外反を生じないことや左右の対称性を損なわないように心がけています。耳下腺部や頸部のリンパ節転移を生じるような症例では耳鼻科に協力をお願いしています。
腫瘍切除目的の方や、できものがあって心配な方のみならず、術後変形が気になっておられる方も一度ご相談下さい。
小耳症
生まれながらに耳の部分欠損を生じる疾患で、時に下顎の発育不全や顔面神経麻痺を伴います。
見た目の問題だけでなく、耳介が無くメガネやマスクがかけられないといった不都合を生じます。治療は保険適応です。
当科で力をいれている症例で、発生頻度は1万5千人に1人程度と少ない疾患ですが、当科における2020年の小耳症関係手術は4件でした。
手術は初回に肋軟骨移植による耳介形成を行っています。手術時期は9~10歳頃、身長130㎝以上が目安です。その3カ月後に植皮による耳介挙上を行います。手術は通常、夏休みと冬休みや春休みを利用して行い、学業への影響を減らすようにしています。
十分な大きさの肋軟骨が得られないと良い耳介を作る事は出来ません。患者様の中には出来るだけ早く手術して欲しいと希望される方もおられますが、肋軟骨移植は一生の耳の形を決める大事な手術です。焦らずに最も良い時期まで待って、最良の結果を得られるようにすることをお勧めしています。
埋没耳・立ち耳・折れ耳
その名前の通り、耳の上半分が頭の皮膚に埋まるような形になっているものを埋没耳、耳が折れ曲がってしまっているものを折れ耳といいます。
どちらも外見上の問題の他に眼鏡やマスクがかからないため日常生活で不自由な思いをされる方が多いです。このような生まれついての耳介変形は生後2カ月頃までに治療を開始すれば、装具やテープによる保存的治療で治り、多くの場合手術は必要有りません。
耳のかたちがおかしいと思われたら出来るだけ早く受診してください。
生後6ヶ月を過ぎると耳介軟骨が硬くなりますので、矯正は困難になります。その場合は手術をして治療しますが、多くの場合就学期前(5~6才)で行います。
近年はほとんどの症例を乳児期に矯正治療するため、手術症例は減少していますが、それでも乳児期に矯正治療の機会が得られなかった方などがおられ、毎年4~5例の手術を行っています。
外傷および顔面骨骨折
眼窩底骨折、頬骨上顎骨骨折、下顎骨骨折、顔面多発骨骨折、涙道損傷、顔面神経損傷などすべて対応しています。
2020年の顔面骨骨折の手術件数は22件でした。
可能な限りの整容・機能面の修復と同時に、手術による瘢痕を最小限にするよう心がけます。
四肢先天異常
合指症、多指症、裂手、巨指症といった手指や足趾の奇形の手術です。
2020年の四肢先天異常の手術件数は16件でした。
機能的なことはもちろんのこと、整容的にも形成外科特有の植皮をおこなうなど、良好な結果を出しています。症例によって手術時期はさまざまですが、早いものでは生後6ヶ月頃におこないます。
臍ヘルニア・臍突出症
2歳頃までは自然治癒の可能性があるため、手術はそれ以降まで待ってから行います。
ヘルニア門がある場合はそれを閉鎖し、そして臍のくぼみを作ります。特別出っ張りの大きい症例を除いて、通常キズは臍の中に隠れます。
通常、入学するまでには治しておきたいというご希望が多いので、就学期前に行っています。
シミやアザ
扁平母斑(いわゆる茶あざ)、太田母斑(青あざ)、異所性蒙古斑など、アザの多くは健康保険の適用になっています。Qスイッチルビーレーザー、Qスイッチアレキサンドライトレーザーを用います。
赤あざ(単純性血管腫、いちご状血管腫)に対してはV-beam(色素レーザー)による治療を行っています。
乳幼児期の患者様には全身麻酔でのレーザー治療にも対応しております。
後天性のシミ(いわゆる老人性色素斑など)に対しては保険適用されませんので、自費診療となります。通常5㎜スポットが1発1,100円です。
ケロイド・肥厚性瘢痕
熱傷、外傷、手術などの後に残った傷跡をきれいにする治療をおこなっています。
2020年のケロイド・瘢痕拘縮の手術件数は60件でした。
縫い寄せられる傷跡は出来るだけ細く縫い合わせることが基本です。それが難しい場合や、やけどの後で拘縮(ひきつれ)が有る場合などは植皮や皮弁を用います。
当科における植皮術は、ほとんどの症例で含皮下血管網全層植皮(塚田式植皮)を行っています。
これは通常の植皮術と異なり皮膚の下の脂肪組織の一部とそれに含まれる血管網を付けて移植するもので、通常の植皮と比較して質感・色調に優れ非常に柔らかく、整容上好ましいのみならず拘縮も最小限となります。
真性ケロイドに対しては、単純に手術するだけでは再発しますので、基本的に保存的治療(圧迫、ステロイドなど)がお勧めですが、手術をする場合は引きつれの解除と併せて放射線療法を勧めることもあります。
早期受診を勧める疾患
イチゴ状血管腫
生後数日で出現し生後6ヶ月頃まで大きくなり続け、その後小さくしぼんでいきます。ただ大きくなりすぎると出血しやすくなり、しぼんだあとも跡形が残ります。生後1ヶ月頃からのレーザー治療を勧めます。
埋没耳・折れ耳
耳の軟骨の軟らかい生後2ヶ月目頃から治療を開始すれば多くのものは手術しなくてもテープや矯正装具で治ります。生後3ヶ月までの受診を勧めます。
トピックス
唇裂・口蓋裂の治療
当科開設以来45年、最も治療に力を注いでいる疾患の一つが唇裂・口蓋裂で、この数年は年間50~60人の方が初診で来院されています。
先天性の疾患の中でも唇裂・口蓋裂は乳児期から成人に至るまでの長期間に各分野の専門医が順次関わっていく疾患で、ある意味大きなプロジェクトの中で治療していきます。現在広島市民病院形成外科を中核として口唇裂口蓋裂センターを立ち上げ、当院の各科のスタッフのみならず、近隣の開業医と連携をとるシステムを構築し、負担にならず満足していただける治療を目指しています。 受診される方の多くは広島の方ですが島根、岡山、山口、四国からも受診にこられます。ここ数年近隣で口唇裂口蓋裂治療をされていた先生方に離職がみられ、我々のニーズが益々高まっています。遠方からの受診の場合、負担が最小限になるよう心がけております。以下に唇裂・口蓋裂の病態と治療の概略をお示しします。
なぜおきるのか
妊娠初期の5~9週頃に口唇部分、7~12週頃に口蓋部分が形成されます。左右からの突起と真ん中からの突起が癒合するのですが、この癒合が何らかの理由で障害されると唇裂や口蓋裂となります。一緒におきると唇顎口蓋裂という病態になります。一般的な報告では唇裂、口蓋裂、唇顎口蓋裂すべてをふくめて500~600人に一人程度の発生率といわれています。発生原因としていくつか挙げられたりしていますが、一般的にはよくわかっていません。
出生から初診まで
出生時、口唇や口蓋が割れているのをみて、上手に育てられるのか不安に思われる親御さんも多いことでしょう。最初のポイントはミルクが飲めるかどうかです。口唇や口蓋に裂け目があるとそこに乳首がはいりこみ飲みにくくなる事があります。また空気が鼻から漏れ、吸い込みにくくなることがあります。唇裂だけの場合は問題なく哺乳できることが多いのですが、口蓋裂がある場合は逆に哺乳しづらいことが多いようです。出生時うまく哺乳できない子供さんは当院新生児科で入院してもらい、チューブ栄養を行いながら哺乳を練習してもらうことがあります。その際は口蓋にはめこむ口蓋床を作成したり(後述)、 口蓋裂専用の乳首が各メーカーからでていますので、フィットするものを選んでもらい、自力で哺乳できるようになって退院してもらっています。
その一方で飲める子供さんであれば、直接母乳をあげていただいても当科ではいっこうに構いません。現在唇裂単独の子供さんは約半数が母乳で育てておられ、手術当日から母乳を再開してもらっています。
初診
当院で生まれられた方や、当院新生児科に産科から紹介入院された方は当院新生児科から院内紹介の形で親御さんの都合のいい時間を見計らい診察しています。他院の産科や小児科からの紹介の場合は当院の医療連携室にて予約を取られて受診されるのが良いでしょう。ただし予約無し、紹介状なしでも診察時間内に来院されれば断ることはありません。
産科を退院して数日以内にこられる場合が多いですが、経口摂取の順調な子供さんや唇裂だけの子供さんは1カ月健診後に来られる方もおられます。
初診時には今後の治療方法、時期、注意点などをお話ししています。