対象医療と治療方法
先天性心疾患
近年のトピックスとしてはやはり、成人先天性症例の増加があげられます。小児期に人工血管や人工弁を使った手術を受けられた方は、成長に伴う体格の変化によってサイズが合わなくなるため再手術が必要になることがあります。このような再手術症例は増加していますが、小児先天性と成人症例の両方の知識が必要になるため対応できる施設が限られています。当科においては、後天性心疾患や大血管の症例が豊富にあることが成人先天性症例手術においても強みであり、積極的に対応していきたいと考えています。
(久持 邦和・立石 篤史))
後天性心疾患
2015年12月から開始した経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)は2020年末で300例をこえました。手術時間もチームの習熟度に沿って短縮されてきています。
このTAVIに代表されるように各種医療機器の進歩は著しく、種々の手術において低侵襲化が一層進むものと思われます。僧帽弁位において、右小開胸胸腔鏡補助下の僧帽弁形成術(MICS-MVP)を本格的に導入しました。大動脈弁位におきましては、Sutureless aortic valve(大動脈弁置換術で使用するための縫着の必要がない人工弁)も導入しました。
虚血性心疾患においては、オフポンプCABG (人工心肺を使用せず、心拍動下に行う冠動脈バイパス術)を第一選択としております。近年のコロナ禍での受診控えによる影響か、全般的に重症の患者様が増加している印象がありますが、特に急性心筋梗塞後左室自由壁破裂や心室中隔穿孔といった、心筋梗塞後合併症が増加しています。これらは時間を争う重症疾患であり、いずれも緊急手術で対応しております。
(田村 健太郎・大島 祐)
弁膜症
右肋間小開胸で行う低侵襲心臓手術(MICS)
MICSとはMinimum Invasive Cardiac Surgery (低侵襲心臓手術)の略で、従来の胸骨正中切開でなく、右肋間から小さい傷で行う手術です。胸骨を切開した場合、術後2-3ヶ月は肉体労働・ゴルフやテニスなどのスポーツ・自動車の運転が制限されます。一方MICSでは肋骨の間から手術を行うことで胸骨が温存されるため、早期の社会復帰が期待できますし、高齢者においても早期からリハビリが開始できるため、術後生活の質を落とさずに退院できることが期待できます。また胸骨を切らない事で、出血や感染のリスクが軽減されることも利点です。
傷が小さいことは魅力の一つではありますが、小さな傷から手術をすることで手術時間が延長してしまう可能性があります。安全にMICSを行うことが最も大事な事ですので、長時間手術が予想される場合は、大きめの切開で対応することがあります。
またMICS特有の合併症として、胸壁からの出血、足の血管から人工心肺を確立することに伴うトラブル(足の血流不全、周囲臓器の損傷、逆行性送血に伴う脳梗塞・大動脈解離)、術中片肺換気となることによる呼吸不全(再膨張性肺水腫)などが知られています。当科ではそれぞれのトラブルを想定・対策し手術の準備を行っております。
MICSは弁膜症患者様全員に行うことができる手術ではございません。胸骨正中切開の方が、視野が広く安全に手術が行える事があります。患者様の病状・病態にあわせて安全第一で治療の方針を決定いたします。
当科では2020年より本格的にMICSを導入しており、現在まで大きな合併症なく、安全に治療を遂行できております。
(田村 健太郎)
虚血性心疾患
心拍動下冠動脈バイパス術(オフポンプ冠動脈バイパス術)
冠動脈バイパス術は、狭心症や心筋梗塞で狭くなった冠動脈の末梢に新しい血管をつなぎ心臓の血流をよくする手術です。道路にもバイパス道路がありますが、同じような意味で、心臓に新しい血管(バイパス血管)を縫合します。
現在でも多くの施設で人工心肺装置を使用し心臓を停止してバイパス手術を行っておりますが、人工心肺装置による非生理的な血液循環となるため、手術の侵襲(ダメージ)が大きくなったり、合併症を起こす危険性があります。
一方オフポンプ冠動脈バイパス術では、人工心肺を使用せず心臓が拍動したまま行う手術で、人工心肺を使用する手術よりも早期の退院が期待でき、ハイリスクの患者様にとってもメリットのある手術となります。オフポンプバイパスの方が高度の技術が要求されるため、心停止下に行う手術よりも成績が良くないとの報告もありますが、熟練した術者が執刀すれば良い成績が得られるとの報告もあります。
当科では単独冠動脈バイパス術の90%以上をオフポンプで行っており、その80%以上無輸血で手術を完遂しております。残りの10%は心臓の機能が高度に低下した患者様で、その場合は人工心肺の補助が必要となります。
(田村 健太郎)
血管疾患
広島市民病院血管外科の大きな特徴は、他施設にてあまり好まれないような難易度の高い再手術・胸腔内広範囲置換術・胸腹部大動脈瘤手術を相変わらず積極的に行っていることです。これも1978年より胸部大動脈瘤手術が開始され2200人以上の手術症例を積み重ねてきた医局の結果・成績によるものと考えます。
現在~将来の血管疾患の方針は、
1.一期的手術・広範囲手術など安全に行うことが最良と考えます。しかしながら、高齢者・重症患者も多くカテーテル治療を組み合わせた低侵襲治療(ハイブリッド手術)も患者の状況に合わせて積極的に取り組むこととしています。
2.市民病院として救急対応が使命であり、スタッフを増員して対応しております。併せてICU・救命センター・麻酔科・手術室とも連携を密にして今まで以上にお受けできるようにします。
3.末梢血管疾患は新しいデバイスも導入され、術後ADL維持・改善を目標に循環器内科と連携・協力し進めていきます。
胸部大動脈瘤手術の成績はNCDデータベースによりますと、手術に伴う予想死亡率は全国1.0に対して0.27であり、今後も成績を維持・改善していきたいと思います。
(柚木 継二)
ハイブリッド手術室について
ハイブリット手術室とは、麻酔装置・人工心肺装置などを備えた清潔な手術室内に、3D-CT様撮影も可能な高性能の固定型X線透視装置を設置し、開胸・開腹手術と血管内治療のいずれにも同時に対応できる高度な未来型手術室システムのことです。
現在稼動しているハイブリッド手術室は月に約20-24件のハイブリッド手術、8-10件の胸部大動脈瘤手術枠をこなしており稼働率は80%以上です。
当科は県内で最も多くの大動脈瘤治療手術並びに大動脈瘤ステントグラフトを施行しております。またTAVI(カテーテル的大動脈弁置換術)も県内4施設目としてスタートしましたが現在県内1位の手術件数であり、更に透析患者への施行も県内で唯一認可されました。(中四国地方で5施設のみ)
今後も超低侵襲治療(Minimally Invasive Surgery)というコンセプトをスタンダードとし、これまでは手術適用を見合わせていた症例においても治療介入を進めて参ります。このことは医療者側においてはさまざまなリスクの低減、患者側においては術後QOL の大幅な向上が期待されることとなります。結果ステントグラフト・TAVI以外の既存の医療レベルの向上につながっています。
今後も職員を含め市民の方々に広島市民病院で良かったと思っていただけるように、微力ながらチーム一丸となり頑張りたいと思います。
(柚木継二)
ステントグラフト
腹部および胸部大動脈疾患に対する低侵襲治療として、ステントグラフト治療(TEVAR&EVAR)を導入して14年が経過しました。現在までの累計は胸部・腹部併せて1400例近くまでなっておりステントグラフトのハイボリュームセンターといえます。さらにハイブリッド手術室の運用に伴い、複雑な手技を要するステントグラフト治療をより安全に行える体制が整っています。結果、開胸・開腹手術は非常に困難である症例へのハイブリッド治療を行うことができています。ただ、腹部大動脈瘤に対しては、近年EVAR後にエンドリークなどの原因で遠隔期に開腹手術に移行する症例が出てきていること、また検診発見などによる50〜60歳代の比較的若年症例が増加していることなどから開腹人工血管置換術の割合が増加しており、2020年度は腹部大動脈瘤症例の4割が開腹手術でした。
大動脈瘤や下肢閉塞性動脈硬化症に対するデバイスはどんどん進化しており、今後ますます低侵襲治療分野は伸びてくると思いますが、症例を積み重ねてきて実感するのは、低侵襲だからと無理をして施行した血管内治療は、施行当初は良くても遠隔期に何らかの問題が生じてくるリスクが少なくないということです。患者様の全身状態や年齢を考慮し、低侵襲という言葉に踊らされないようしっかりと適応を決めて治療にあたっていくことが重要と考えています。
(柚木継二・佐伯宗弘)