対象医療と治療方法
Ⅰ. 悪性疾患
(1) 腎癌
腎癌は腎実質にできる悪性腫瘍です。転移のない腎癌に対する治療の基本は手術療法です。転移のある腎癌に対する治療は、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤による薬物療法が中心となります。
1.手術療法
腫瘍を含めた腎臓全体を摘出する根治的腎摘除術と、腫瘍だけを摘出して腎を温存する腎部分切除術があります。どちらを選択するかは患者さんの年齢・治療中の合併症・腫瘍の大きさ・位置などを総合的に判断して決定しています。腎部分切除術については、手術用ロボットを用いたロボット支援腹腔鏡下腎部分切除が2016年4月から保険適応となりました。腎部分切除の適応がないような大きな腫瘍については、可能な限り腹腔鏡下根治的腎摘除術を行い、術後の生活の質(QOL)を落とさないようにしています。また進行癌において、薬物治療による転移巣の縮小などを図り、手術を組み合わせることで、治療成績を向上させています。
腹腔鏡下腎部分切除術
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腹部に3~4個の穴をあけて、内視鏡で腫瘍部分を切除し、腎を温存する手術です。2016年にロボット手術が保険収載され、現在当科では全例ロボットで手術を行っています。従来の腹腔鏡下腎部分切除術に比べ操作性に優れ、手術による合併症も少なく、術後回復も早いなどの利点があります。
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腹腔鏡下腎摘除術
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腹部に4~5個の穴をあけて、内視鏡で腎全体を摘出する手術方法です。当院には腹腔鏡技術認定医が複数名在籍しています。
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開腹腎摘除術
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開腹による腎摘除術です。周囲臓器や血管内がん細胞が浸潤した症例やリンパ節の拡大切除が必要な症例に適応となります。
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2.手術以外の方法
治療中の合併症や体力的な問題で手術が困難な症例や、手術によって腎機能が低下し、透析導入となる可能性がある症例に適応となります。
A凍結療法
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身体の外から腫瘍に針をさして、超低温で腫瘍を凍らせる方法です。当院では行っていない治療法であり、別の施設に紹介しています。
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B腎動脈塞栓術
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手術ができない場合に、腎臓の動脈を遮断して腫瘍を腎臓ごと壊死(腐らせる)させる方法です。しかし一般的ではなく、効果は限られます。
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3.薬物療法
初診時に肺などの他臓器転移がある症例や、手術後の経過中に局所再発および他臓器転移を起こした症例に適応となります。
A) 分子標的治療薬
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がん細胞の成長に必要な分子を標的とした薬剤です。腎摘除術後に再発・転移を生じた症例に対し行われます。内服薬が中心となります。
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B) 免疫チェックポイント阻害薬
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診断時に転移があるような、高度に進行した症例では2種類の薬剤を併用します。また分子標的治療薬が無効となり、転移が大きくなってきた症例では1種類の薬剤が適応となります。
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C) 分子標的治療薬と免疫チェックポイント阻害剤併用療法
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診断時に転移があり、高度に進行した症例に対して適応となります。
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(2) 膀胱癌
膀胱癌は、どこまで深くがん細胞が浸潤しているかで治療法が大きく異なります。がん細胞が筋層に達しているかどうかで、筋層非浸潤性癌と筋層浸潤性癌に分かれます。筋層非浸潤性癌では経尿道的手術を行い、組織検査を行います。その結果で再度経尿道的に切除したり、再発予防のための膀胱内注入療法を行います。
一方、筋層浸潤性癌では膀胱全摘が標準治療です。この場合尿の 通り道を変える(尿路変向)ことが必要となります。また術前後に点滴による抗がん剤治療を組み合わせます。
A) 経尿道的膀胱腫瘍切除術
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尿道から内視鏡を挿入し、腫瘍を切除する治療です。 筋層非浸潤性癌における標準治療です。
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B) 膀胱全摘除術
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筋層浸潤性癌に行われる根治手術です。膀胱が無くなりますので、尿を導くため尿路変向(新しく尿を体外に出す手術)が必要になります。2018年4月にロボット支援下手術が保険適応となり、当科では全例ロボット支援下手術を行っております。
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C) 膀胱部分切除術
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限局した筋層浸潤性癌に対して施行されることがありますが標準的な治療ではありません。抗がん剤治療と併用で行われます。
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2.放射線療法
筋層浸潤性癌でありながら、膀胱全摘ができない場合(全身状態や患者さんの希望)に施行されます。 放射線単独では効果が低く、抗がん剤治療と併用で行われます。
3.薬物療法
A) 膀胱内注入療法
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筋層非浸潤性癌に対して、経尿道的手術後の再発予防として薬剤を膀胱内に注入する方法です。手術直後に抗がん剤を注入する方法と手術2-3週間後にBCGを注入する方法があります。
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B) 抗がん剤治療
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筋層浸潤性癌に対する術前または術後の補助療法として行われたり、 転移を有する症例に対して行われます。吐き気や食欲不振、脱毛、白血球減少、貧血などの副作用がありますが、種々の薬物で症状改善を図ります。
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4.尿路変向について
膀胱全摘がなされた場合、尿の通り道を変向(尿路変向)する必要があります。大きく尿失禁型と尿禁制型に分かれます。尿失禁型の代表は尿管皮膚瘻や回腸導管造設術という、尿をためる袋を腹部に装着する術式(尿路ストマ)となります。尿禁制型の代表は、回腸を利用した新膀胱造設術でストマを装着する必要はありません。しかし新膀胱は元の膀胱の機能を果たすわけではないため、自力で排尿できない場合は導尿(カテーテルを使用した排尿)が必要になります。
当科では手術の侵襲と術後の排尿QOLを重視し、主に失禁型の回腸導管造設術を行っています。
(3) 前立腺癌
食生活などの欧米化とともに日本でも急増し ており、男性では肺癌と並び最も頻度の高い癌となっています。手術療法、放射線療法、内分泌療法が3本柱です。年齢、全身状態、合併症、病期、がん細胞 の悪性度および患者さんの希望などを考慮し、患者さんと十分に相談して治療法を決定しています。
また当科では、局所進行癌に対しても、放射線治療、内分泌療法、手術療法 を併用することで集学的に根治を目指しています。
1.手術療法
前立腺に癌が限局している症例で適応となります。2012年9月からは手術用ロ ボットを導入し、現在では全例にロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術を行っています。
2.放射線療法
手術と同様、前立腺に癌が限局している症例で適応となります。体外から照射する外照射治療と、体内に放射線物質を埋め込む密封小線源治療があります。がん細胞の悪性度や前立腺の大きさに応じて内分泌療法と併用します。
A) 外照射治療
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体外から前立腺に向けて放射線を照射します。最近では強度変調放射線治療といって、前立腺に対する線量を上げつつ、周囲臓器に対しては線量を下げ、副作用を減少できる ようになりました。当院でも最新の強度変調放射線治療をおこなっており良好な成績をあげています。
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B) 小線源療法
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小さな放射線物質を前立腺内に埋める方法です。一時的に埋め、短期間に 照射してから線源を抜くという方法と、永久的に埋め込むという方法があります。尚、当院では同治療は行っていないため、ご希望があれば治療を行っている他施設へご紹介いたします。ただし、 適応となる症例は限られています。
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3.内分泌療法
前立腺がん細胞の発育は男性ホルモンに依存しています。男性ホルモンを遮断することで、がん細胞が死滅あるいは発育が停止します。男性ホルモンは睾丸で95%、副腎で5%が生成されています。睾丸を摘出したり、睾丸での男性ホルモン生成を抑えるような注射を打ったり、飲み薬で副腎からの男性ホルモンの効果を抑えたりします。
A) 去勢術(両側精巣摘除術)
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かつて内分泌療法の基本でした。最近は注射剤が普及し、施行されるのが少なくなっています。
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B) LH-RHアナログ/アゴニスト
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1ヶ月、あるいは3ヶ月に1回皮下注射するだけで去勢術と同じ男性ホルモンの低下が得られる治療です。現在、内分泌療法の基軸となっています。
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C) 抗男性ホルモン剤
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がん細胞に存在する男性ホルモン受容体に結合し、細胞が増殖するのを阻害する内服薬です。新規薬剤が次々登場し、治療成績が向上しています。
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D) アンドロゲン完全遮断療法
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LH-RH アンタゴニスト/アゴニストと抗男性ホルモン剤を併用することによって、完全に男性ホルモンを遮断し、がん細胞を死滅させる治療法です。
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E) ステロイド剤
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上記内分泌療法が無効となった症例に適応となります。
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4.待機療法
高齢者で合併症が多く、かつ悪性度の低いがん細胞で、腫瘍量が少ない症例に対して、症状が出現してから治療を行うという治療法です。また比較的年齢の若い症例でも、悪性度の低いがん細胞で腫瘍量が少ない症例では、PSAを測定しながら無治療で経過観察を行い、治療までの期間を遅らせ、必要な時期に根治療法に切り替えるという治療法(積極的待機療法)もあります。根治治療に伴う副作用が無いという利点がありますが、注意深い経過観察と定期的な組織検査が必要になります。
5.抗癌剤治療
内分泌療法が無効になった場合に施行されます。全身転移を有し内分泌療法の効果が短かった症例では、早期に使用する場合もあります。使用する抗癌剤としては「ドセタキセル」「カバジタキセル」があります。
(4) 腎盂・尿管癌
腎臓で生成された尿が集まる腎盂、および膀胱に尿を送る尿管に出来る癌です。がん細胞の種類は膀胱癌と同じで尿路上皮癌といわれます。手術としては腎・尿管全摘除術が基本であり、当科では、腎周囲または尿管上部の剥離を腹腔鏡下に行い、尿管下部は下腹部を切開して剥離し、腎尿管を下腹部創から取り出す手術をしています。がん細胞の種類、腫瘍の大きさおよび深達度によって抗がん剤治療が術前・術後に併用されます。抗がん剤の種類は膀胱癌に対する治療と同じ内容です。
(5) 精巣癌
精巣にできる癌です。頻度は少ないですが、若い人に多いのが特徴です(20~30歳代がピーク です)。また化学療法が非常に有効な癌であり、転移を有する進行癌症例でも、多くの症例で治癒可能です。症状として最も多いのは、無痛性の精巣腫大です。
Ⅱ. 良性疾患
(1) 前立腺肥大症
前立腺は男性のみにあり、膀胱の出口に尿道を取り囲むように存在する栗の実くらいの大きさの臓器で、精液の一部をつくるという働きをしています。この前立腺が大きくなって尿道を圧迫し(前立腺は大きく内腺と外腺に分けられ、内腺が大きくなります)、尿が出難くなる疾患が前立腺肥大症です。その原因として、男性ホルモンが関与しているのは確実ですが、それ以上のことはまだわかっていません。症状、前立腺の大きさ、残尿量(排尿をしても膀胱にまだ尿が残っている)、などを総合して治療法を決定します。
1.薬物療法
軽度~中等度の方には薬物療法を行います。現在の薬物療法の中心はα-ブロッカーと呼ばれる薬剤です。前立腺が尿道を圧迫する機序として次の2つが考えられています。大きくなった前立腺そのものによる圧迫、前立腺の筋肉が緊張することによる圧迫です。α-ブロッカーは前立 腺の筋の緊張をほぐすことによって圧迫を弱めるという作用があり、現在最も有効な薬剤です。 また、前立腺を小さくする効果を有する薬剤も使われています。それぞれ特徴があり、症状に よって使い分けます。その他には植物製剤、アミノ酸製剤などがあります。
2.手術療法
非常に症状の強い方(排尿困難)や残尿が多い方、あるいは尿が全く出なくなる状況(尿閉と言 います)を経験した場合、手術が必要になります。前立腺肥大症の手術は、前立腺全てを摘出するのではなく、腫大した内腺を取り除くものです。かつては開腹する方法が行われていま した。しかし現在は経尿道的手術といって、お腹を切らずに尿道から内視鏡を 入れて、レーザーによって内腺の蒸散や核出を行う方法が主流となっており、当院でもホルミウムYAGレーザーを用いた核出術を行っています。
3.低侵襲治療
高齢や全身状態が悪くて手術が出来ない場合や、どうしても手術を希望しない場合に行われま す。ただし、効果は手術より劣ります。マイクロウェイブによる高温度療法や、尿道ステント留置 などがあります。
(2) 尿路結石
尿路のどこにでも結石は出来ます。腎臓にできたら(正確には腎盂や腎杯)腎結石、腎結石が尿 管に落ちてきたら尿管結石、膀胱にできたら膀胱結石、尿道に流れ出たら尿道結石となります。 これらのうち尿管結石は激しい痛みを伴い、泌尿器科救急疾患の 一つとなります。上皮小体機能亢進症など、全身性疾患が原因で結石が頻回にできることもありますが、多くは不明です。最 近は生活習慣病との関連も指摘されています。治療としては、薬剤を補助的に使用して自然に 落ちるのを待つか、手術的に破壊、あるいは摘出するか、です。
1.手術療法
A) 体外衝撃波結石破砕術(ESWL)
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体外 から衝撃波を結石に当てて結石を破砕し、その破 砕片が体外に排出されるのを待つという方法です。切ったり、穴を開けたり、内視鏡を使用しないため、低侵襲な手術です。尚、当院では同治療をおこなっていないため適応となる患者さんは他施設へご紹介いたします。
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B) 経尿道的結石破砕術(TUL)
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尿管鏡という細い内視鏡を尿管内に入れ、レーザーにて結石を壊し摘出します。麻酔が必要になります。多くは膀胱に近い部位の尿管 結石やESWLで破砕出来ない場合に行われます。
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C) 経皮的腎結石破砕術(PNL)
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体積の大きな腎臓の結石に対して行われます。背中から腎に皮膚を通して内視鏡を入れ、レーザーにて結石を壊し摘 出します。
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D) 腎切石術・尿管切石術
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お腹を切り、尿管や腎盂や腎を切開して結石を摘出します。かつて行われていた手術であり、現在ではほとんど行われません。ESWL、TUL、PNLなどの全ての治療手段を 投入しても治療不可能な結石に対して、希に行われることがあります。
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E) 経尿道的膀胱結石破砕術
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膀胱結石に対して、尿道から内視鏡を入れ、レーザーにて 結石を壊し摘出します。麻酔が必要です。
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(3) 過活動膀胱
「尿意切迫感を必須とした症状症候群であり、通常、頻尿、夜間頻尿を伴うものである。切迫性尿失禁は必須ではない」という定義の、新しい概念の病気です。尿意切迫感とは「突然起こる耐え難い尿意」であり、通常の最大蓄尿感とは異なり、数分しかもたないとされます。トイレが近いと失禁に至らず、たまたま遠かったら失禁がおこるということから、切迫性尿失禁は必須ではありません。定義のとおり、尿意切迫感があれば過活動膀胱ということになりますが、膀胱癌や前立腺癌、膀胱結石、膀胱炎や子宮の炎症などを除外する必要があります。過活動膀胱の背景に存在するのは、潜在的な排尿筋の不随意収縮です(自分の意志とは無関係な膀胱が収縮)。
その原因は神経因性(膀胱の働きを調節する神経に障害がおきた場合:脳出血、脳梗塞、パーキンソン、脊髄損傷、糖尿病などがあります)と非神経因性に分けられますが、後者が約80%を占めています。そのうちのほとんど は特発性といって、原因不明です。調査の結果、40歳以上の男女 の12.4%の有病率であり、これを日本人口に補正すると患者さんの数は約810万人と推定されます。治療の中心は薬物療法であり、その中で最も有効なのは抗コリン剤といわれる薬剤です。これは膀胱を支配する神経に働いて、膀胱の不随意収縮を 防ぐという効果を持っています。
(4) 腹圧性尿失禁
腹圧性尿失禁とはくしゃみや咳、笑ったり、走ったりと、急に腹圧のかかる時に尿が漏れてしまう状態です。尿失禁のほか、過活動膀胱や膀胱骨盤脱は女性が中心の病気です。命に関わる病気ではありませんが、生活の質を著しく落と し ます。
治療としては、尿道括約筋を鍛える骨盤底筋群体操や尿道括約筋を収縮させる薬剤などがあります。失禁量が多い場合や、体操や薬剤での効果が乏しい場合、手術が考慮されますが当科では現在は積極的には行っておりません。
(5) その他
他の疾患として尿路感染症(尿路に細菌が感染して炎症が起きる疾患の総称)があります。 代表は急性膀胱炎であり、頻度の高い疾患です。基本的に膀胱炎では発熱はありませんが、急性腎盂腎炎や、男性であれば急性前立腺炎、急性精巣上体炎では高熱が出ます。
神経因性膀胱は膀胱を支配する神経障害によって、尿が出にくくなったり、逆に尿が漏れたり、回数が多くなる疾患です。脳出血や脳梗塞、脊髄損傷などが原因として代表的な疾患です。また直腸や子宮の手術で、神経も一緒に切除しなければならない場合にも起こります。
生活の質という意味では他に勃起障害(ED)、男性不妊症なども泌尿器科で治療を行う疾患です。